1/31 ワカラナイコト

 

神戸に居た20歳の頃のこと。
卒業を間近に控えた時期、私はわけのわからない状況に居た。

保育科しかなく、同学年は皆顔見知り状態の小さいアットホームな短大。
いつも6〜7人のグループで行動していた。
最大の理由は帰りの電車が同じ。
阪急で三ノ宮まで出て、JRに乗り換え西へ向かう。

私の実家は、誰より田舎で誰より遠くにあったので、神戸市内の伯父の家に
下宿していた。伯父の家は2階建ての洋館風(借家)で、2階部分を近くの
高校大学に通う女子学生の下宿として貸していた。

私のほかに、2つ上からひとつ下まで各1名、計4人の仲間がいた。
短大では休講や空き時間はほとんどなく、朝から夕方まで高校より忙しいレベルで
通っていた。週に2〜3回は芝居のレッスン、週に一度はラジオ局で電話オペレータの
バイト、帰ると5人姉妹のようになった仲間とおしゃべりしたり、海に行ったり、試験
勉強したり....楽しかった。

伯父は、県警を勤め上げたいわゆるガンコオヤジだ。
プラス、芸術家ともいえなくない。県警でも音楽隊のそれも隊長をしていつも指揮を
していた。親戚からも周りからもお墨付きの筋金入りのガンコジジイ。(>_<)

その伯父と愛犬ジロくんの夕食を作るのと、掃除洗濯は私の仕事。
兄が同時に東京の大学生になったので、親の負担も考え生活費を抑えるために
『よかれ』と思って申し出てくれたことなのだが。(^^;)

この夕食を作るために、私は友達と外食をしたことがほとんど無い。
伯父さんの帰りが遅い、と分かっている日だけ美味しい神戸のB級グルメを堪能する。
でもほとんどは、2階の仲間と作って食べた。

もう数ヶ月で卒業。
私は芝居のレッスンに夢中で、卒業したら東京へ出ようと決めていた。
親を納得させるためにも保母として就職して...
そんなことばかり考えて過ごしていた。

そんな慌ただしい2年を無事終えようとしていた時。
短大グループのひとりが突如こんなことを云った。(↓関西弁でどうぞ。)

『ゆきちゃん、アタシがセンパイ(彼氏)と付き合ってる話しとか聞いて
”そんなカッコよくもないヒトと付き合って何が楽しいン?” とか思う?』

『え!?何?(・o・) 思って無いよ〜!』

はっきり云う。
絶対思わない!その時も考えたことさえ無かった!

『そう』と応えた彼女は続いて
『社会には、いろんなヒトがおるからゆきちゃんの考え方ではやっていけないと
思うから、忠告してルねん。そういう考え方止めた方がいいょ。』

と言い放ち、意味不明で無言の私に背を向けた彼女は、その日から
『おはよう』さえ云わなくなった。
そして。
そのグループのほとんども一斉に背を向けた。

はぁ?
私の受け答え、どこか間違えたのでしょうか????


事の発端は、多分秋頃。
それも定かではないが、私なりに想像した。

電車内。彼女の声。
『クワタが巨人入団やってぇ〜!!!キヨハラが”桑田よサラバ”って新聞出てたナ』

そんな会話が聞こえた。私は全く野球に興味が無かった。
下宿でも、野球のその話題に興味を持ったのは多分1/5。つまりひとりだと思う。
『お父さんの話題』みたいなのを短大生が語るのをとても興味深く面白く聞いていた。

...そうか、お父さん以外野球のハナシをしないのはウチだけなんだ。
そう思うと余計におかしかった。(*^^*)
それくらい私にとっては新鮮だった。

恋愛の話しはもっと別。苦手。
みんなのように『それでそれで!?』と興味津々顔で根掘り葉掘り聞いたりは
できない。何を聞けばいいのかさえ思いつかない。
なのでいつも、外国の絵本でも見るような気持ちで彼女の恋愛話を微笑ましく聞いていた。
可愛らしいとさえ思いながら。


・・・それがカンに触ったらしい。
当時私は、恋愛に全く興味が無かった。
それよりもっと考えることが沢山あったし、今を抜け出すことに必死だった・・・。
そう。私と彼女はあまりにも生きてる世界や興味が違っていたのだ。ハジメカラ!

私の鈍感さ&非恋愛体質は、下宿仲間のMちゃんが、他の仲間に大笑いして語る。

『この前なぁ、海にジロ君(愛犬)を散歩するのについて行ってン。
そしたらな、男の子が2人”カワイイ犬やなぁ”って話しかけて来て
”なんて名前?”ってきくから私黙ってたら、ゆきちゃんなんてゆぅたと思う?
”ジロくん”やて!!(^0^)/』

みんなも大笑いして、
『ナンパに決まってるやン!気づいてあげナ可愛そうやゎ♪(=^0^=)/ 』
って。

ねっ、私に分かるわけ無いでしょう?
そんな私を知ってて笑ってくれる仲間いてよかった♪

おかげさまで。
その後私は彼女の想像しきれないタイプの多くの人に出会えて楽しくやっている。
今でも全くワカラナイコト。

 


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